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  • 日本基督教団 仙台東教会

風媒花通信11月 創刊第8号

 十月二十日、教会創立百二十四周年記念礼拝を守りました。また仙台東六番丁教会より、奈良岡まさ子姉転入の式を執り行いました。それで、十一月号には奈良岡まさ子姉に、次号には、横山義正に、それぞれ、自由に執筆していただきます。


 

       キリスト教と私                             奈良岡まさ子

 家を出て最初の角を曲がると小学校まで真っ直ぐの道の途中に女の子の友達の家があり、その少し先に教会があった。彼女に誘われて日曜学校に遊びに行くようになったのは低学年の頃である。

 親は教会へ遊びに行くのは安心して送り出してくれていたのだと思う。戦後のベビーブームの私たちは大人数で、皆でイエス様のお話を聞いたり、賛美歌を歌ったり敷地内で遊んだり、おやつをたべたりした時間が楽しかった。

 小学校とは反対方向の公立高校へ進み教会へ行くことはなくなったが、近所に住むアメリカ人宣教師のご夫婦と親しくなった。「bible class」は学校で習う英語とは異なり、古い英単語が興味深く楽しい学びだった。ご夫妻はとても穏やかで暮らしぶりも質素で少し驚いた。アメリカ人には派手なイメージを勝手に持っていたからである。

さまざまな国からの来客の際には私も招待され貴重な時間を過ごすことができた。父もその外出は許してくれたし、母は「外国の方は喜んでくれるから」と、和服で出かけるようにと身支度をしてくれた。ある日は黒人の方だった。挨拶の握手を求められ、一瞬ギョッとしてしまった。爪以外は本当に真っ黒なのである。間近に目にしたのは初めての経験だった。微笑んだつもりではあったが、失礼だったかもと宣教師館をあとにしてから自分の至らなさを恥じたのを鮮明におぼえている。

そしてもう一つの貴重な体験は、クリスマスの過ごし方である。毎年聾唖の障害をもった子供たちを招待してのクリスマスパーティ。聖誕劇を披露し、賛美歌を歌い、お祈りをし、イエス様のお話を聞き、ゲームやおやつの時間があったのだが、ここでも初体験!

子供たちはこの日に備えていろいろ勉強をしていたようであった。私たちの劇の後に大きな紙に書いたクリスマスストーリーを朗読し始めた。始まった瞬間、私には大きな衝撃だった。

うなっているようにしか聞こえなかったからである。初めてだった。が、皆とても楽しそうに朗読している。そして引率の先生が「まぁ、今日はとても良くできましたねぇ」と誉めて下さっていた。それにも驚いた。高校生にもなって障害をもっている人を認識した最初だった。

この時代の経験が、おそらく、キリスト教の信仰のベースになったような気がしている。

その後さまざまな宗教的な社会問題がテレビで報じられたとき、「なぜこのような形のあるものや、特定の実在する人間に傾倒する人達がいるのかしら?」と不思議でならなかった。

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