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  • 日本基督教団 仙台東教会

2019年12月1日 №125-48 「いかに美しいことか、良き知らせを伝える者の足は」  

                   イザヤ書52章1節~10節(P.1139~1140)

 人類は今、ごく短期間の時のあいだに、急速に滅びへと突き進んでいるということは、多くの人に感じとられています。ただし、いつの時代でも、危機の時代であった事もまた事実です。わたしたちは常に危機に直面してきたのです。けれども今という時代に直面している危機は、これまでのホモ・サピエンスの時代が経験したことのない大規模な危機であることは明らかです。異常気象、地球大の天変地異、テロリズムの横行、核戦争の脅威、経済的格差のの拡大、人工知能の飛躍的な進化に付随する失業不安、クローン技術・遺伝子操作による未知の生物の出現、進化するウイルスの出現によるパンデミック不安、地球温暖化による氷河溶解、それにともなう海面上昇、惑星規模の環境汚染、数え上げればきりがありません。

 スウェーデンのひとりの少女、グレタ・トゥーンベリさんは2018年8月、学校を休み、スウェーデンの国会前で、気候変動の危機を訴えるアクションをはじめました。その行動に世界中の若者が呼応したことはいまだ記憶に新しい事実ですが、多くの人びとが、この事実に触れて、恥ずかしく感じたことでしょう。わたしたち大人の世代は、次世代の若者たちになんという負の遺産を残してしまったのだろうと。

 今からでも遅くはないはずです。小さなことでもできることからはじめたい。私は、これ以上絶滅危惧種を増やしたくないと思いから、まずわたしはウナギや鯨を食べることをやめようと心に誓いました。できる限りですがプラスチックを使うことをやめようとも心掛けています。

 人類史は、長きにわたって奴隷制と闘ってきました。モーセの時代にも、イザヤの時代にも、主イエスの時代にも、中世、近世、近代、現代に至ってさえも奴隷制は消滅していません。「ただ同然で売られたあなたたちは」と主が言われるところの境遇に置かれた人間は、今でも大勢いるのです。

「「わたしの民はただ同然で奪い去られ、支配者たちはわめき、わたしの名は常に、そして絶え間なく侮られている」と主は言われる。」と、イスラエルの窮状に対して語られる主の言葉は、現代では惑星規模で該当するでしょう。

 多くの民衆は今も苦しみの中であえぐように暮らしています。この塗炭の辛苦を見守る神が、親として苦しまないはずはありません。父なる神の苦しみはいかばかりでしょうか。民の苦難を心配し続ける「父の痛み」はいかばかりでしょう。

 民の苦難を見守る「神の苦しみ」「神の痛み」は、「神の独り子なる神」ご自身の十字架の死と復活によって、歓喜へと変えられました。「神の独り子なる神の犠牲の死」という痛みを、神御自ら引き受けられたことにより。神ご自身の痛みは歓喜へと変容されたのです。なぜなら、神から離れてしまったがゆえに悲惨の中へと陥ってしまった人類が、再び神の元へと贖いとられ、戻ってきたからです。

 この出来事こそがキリスト・イエスの来臨すなわちクリスマスの出来事でした。人類全体が危機に瀕している極限で、神ご自身が人類史のまっただなかに、受肉したまい、人類の魂をひきあげてくださり、危機を乗り越え、地球も人類もともどもに、「神の支配」する世界へと創り変えてくださったのです。クリスマスを迎える事は主イエスを魂に迎え、それによって人間が新しい存在(New Being)となることなのです。人類が更新されれば、世界も更新されるのです。世界の更新こそ、神ご自身の御旨であり、われらの救いなのです。

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