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2019年12月22日 №125-51

「ただ一度基督の体が献げられたことにより」

ヘブライ人への手紙10章1節~10節(P.412~413)



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2020年1月12日 №125-54  「主イエスの洗礼の秘義・十字架の血潮」

ヨハネによる福音書1章29節~34節(P.164) 主イエスの洗礼に秘められている核心は、十字架の血潮です。 「イエスは言われた。『あなたがたは、自分が何を願っているのか、分かっていない。この私が飲む杯を飲み、この私が受ける洗礼(バプテスマ)を受けることができるか。』」(マルコ10:38) ここで主イエスが受ける洗礼とは、ヨルダン川でバプテスマのヨハネから受けた洗礼ではありません。 これから行くべ

2020年1月5日 №125-53

「神が人となりたもうた。受肉の秘義。」 ヨハネによる福音書1章14節~18節(P.163) 祈らずにはいられない心の痛み、辛さをわたしたちは、日々抱えています。この苦悶のさなかで、わたしたちは「かりそめの慰撫」を求めて、自分自身の願望を神格化する誘惑に駆られてしまうのです。 この苦悶をなんとかしてほしい。だから、なんとかしてくれるところの神を造りだそうとして「解決者」という神に「解答」を求めてしま

2019年12月29日 №125-52

「あなたがたは約束による相続人なのです。」 ガラテヤの信徒への手紙3章26節~4章7節(P.346~347) 先週に引き続き、テキストは、キリストにあずかる洗礼を授与された者についての考察へと私どもを導きます。 人種・民族、性差も、身分の差も、もはやキリストにある一致において、一致を妨げる差異として存在しなくなったという。これは差異が存在しなくなるということではなく、一致を妨げる差異としての性質を

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