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  • 日本基督教団 仙台東教会

2019年6月風媒花通信

  野球ファンではなかったわたしが、ついに東北樂天イーグルスのファンになってしまった。

 以前から野球観戦ファンの連れ合いは、「ひとりで観に行かねばならないかと思ってたけれど、二人で行けるのは嬉しい。」と、心から喜んでいる。

 気がつくと、頭の中を知っている限りの、選手応援歌の一節を口ずさんでいる。樂天キャップをかぶって仕事をすると、、仕事がはかどるような気がする。

どうやら、人生これまでいろいろな土地に住んで、それなりに「住めば都」と、その土地を愛してきたが、仙台だけは格別のようである。

 風媒花の花粉は、東北の風にのって、この土地に根付くかもしれない。

  いまのわたしはおそらく多忙に超がつくはずだ。だが、きっちり睡眠はとり、樂天の試合にもゆく。バッハのフーガやカッチーニのアヴェマリアも聴く。『霊操』を読んでは祈る日々を送っている。何よりも、霊性を保持することこそが大事だと優先順位を決めている。

 「心が亡びる」と書く「忙」よりも、礼拝生活を大切するのと同じことだが、若い時分は、忙しくしている事が何か価値あるかのような勘違いをしていたものだ。行動主義という錯誤である。ただし、モーセのように、怒るべきときには、抑制することなく全身で怒り、論を尽くすべきは全力で尽くしつくす。感情の発出も、良心に恥じるべき事がなければ、神の導き・恵みのうちで起こると信ずるからである。信仰基準、思想の原点、プライオリティ(優先性)は、ただ主イエスへの信従(ナッハフォルゲ)であるべきだ。

 今は、超多忙であるにもかかわらず、雨もよし、晴れるもよし。この日一日を、この充実した思いで過ごせることを、ただ主イエスに深く感謝している。

 以下に、主にあるきょうだいしまいに、イグナチウス・デ・ロヨラの祈りを紹介したい。(若干修正)

キリストの魂、わたしを聖化し、

キリストの体、わたしを救い、

キリストの血、わたしを酔わせ、

キリストの脇腹から流れ出た水、わたしを清め、

キリストの受難、わたしを強めてください。

いつくしみ深いイエスさま、わたしの祈りを聴き入れてください。

あなたの祈りのうちにわたしをつつみ、あなたから離れることのないようにしてください。

悪魔のわなからわたしを守り、臨終の時に、わたしを招き、みもとに引き寄せてください。

すべての聖徒とともに、いつまでもあなたを、

ほめたたえることができますように。

主の御名によりて。         アーメン

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